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【特別インタビュー】ゼロから文化を創り、次の未来へ。代表・江口が語る「リラクの原点とウェルネスのこれから」

◾️20代の試練から生まれた理念、形成される組織力、そして最先端テクノロジーと融合するウェルネスの形

全国に約300店舗を展開するリラクゼーションブランド「Re.Ra.Ku(リラク)」。創業期の背景には、壮絶な20代の挫折や、産業そのものをゼロから国に認めさせてきた「開拓者」としての苦闘がありました。 「愛と思いやりにあふれた社会の実現」という不変の理念を軸に、なぜ今、リラクが世界水準のヘルステック・ウェルネステックへと舵を切るのか。代表・江口のこれまでの歩みと、これからの組織・社会へのビジョンをロングインタビューで紐解きます。

◾️すべてを失った20代から見えた「真の幸せ」と企業理念の誕生

ーー江口さんはリラクを立ち上げる前、非常に波乱万丈な20代を過ごされたそうですね。

江口: まさに「大ジェットコースター」のような20代でした(笑)。いずれは世の中に役立つ会社を自分で創りたいと考え、大学卒業後は当時社員80人ほどの自動車ベンチャーに入社しました。そこから会社は急成長を遂げ、入社3年半で上場。私自身も最年少役員になり、株や投資によって26歳で億単位の資産を手にしました。完全に調子に乗っていましたね。

しかし、そんな生活は1年ほどで暗転します。会社の不祥事やバブル崩壊の波が一気に押し寄せ、精神的にも極限状態に陥るなか、資産は一瞬で消え去りました。失ったのはお金だけではありません。大金を持っていたときに集まってきた学生時代の友人たちとも疎遠になり、気づけばそれまでの人間関係の多くを失ってしまったのです。

ーーほんの短期間でそれだけの変化を経験されて、人生観も大きく変わったのではないでしょうか。

江口: それまでは「金持ちになること=人生の成功」だと疑っていませんでした。でも、高級料理を食べるお金があっても、心を許して一緒に楽しく食べる相手が誰もいなくなったとき、猛烈な孤独のなかでハッと気づいたんです。「何を食べるかじゃない、誰と食べるかが大切なんだ」と。人の幸せの本質とは、金銭的な成功ではなく、お互いに信頼し、尊敬し合える関係性を築くことにあるのだと痛感しました。

この体験から「もうお金だけを追うのはやめよう」と27歳で退職を決めました。企業としても、売上だけを追求して脱落した人を見捨てるような組織は絶対に違う。働く人間の幸福度にこそ企業価値を置くべきだ、という想いに至りました。この時の決意が、私たちの企業理念である「愛と思いやりにあふれた社会の実現」の原点になっています。

◾️「失敗」を「成長」へ。自発性を引き出す組織カルチャーと体系的教育の仕組み

ーーその後独立され、29歳で実業をスタートされますが、当時は「リラクゼーション」という言葉すら社会に定着していなかったそうですね。

江口: そうなんです。当時は産業分類も職業分類も、自主規制のルールすら存在しない「業界そのものがない状態」でした。そこで私はライバル企業たちと共に「リラクゼーション業協会」を立ち上げ、国への働きかけを行い、一つひとつステップを踏んで社会的な認知を獲得していきました。

ただ、自社の1号店をオープンした当初は本当に大変で、自分が店長となって16人のスタッフとスタートしたものの、なんと最初の1ヶ月で13人が辞めてしまったんです。お店が赤字のなか、私が「1年で4店舗展開する」というビジネス計画を熱弁したのですが、それが逆にスタッフを不安にさせてしまった。完全に私の伝え方の失敗でした。

ーーその手痛い創業期の経験から、どのような組織づくりの教訓を得たのでしょうか。

江口: ビジネスの大きな夢を語る前に、まずは「あなたが働きやすい環境」や「キャリアアップの仕組み」といった身近な安心をしっかり示すべきだったということです。「相手の視点に立って、とにかく分かりやすく伝えること」。これは今でも大切にしている教訓です。

そして、組織の土台として、何よりも「自発性を尊重して、失敗を許すこと」を徹底しています。ミスは新しいことにトライしたからこそ起きるもの。それを怒って否定してしまえば、人は萎縮し、二度と挑戦しない人間になってしまいます。失敗を許し、存在を認めること。その経験こそが「よし、次は頑張ろう」という内発的な動機づけを生むのです。

このカルチャーを支えるために毎日みんなで向き合う「クレド」と、他社との圧倒的な差別化となっている独自の教育機関「リラクカレッジ」があります。現場に出た後も座学や技術をブラッシュアップできる「120の教育ステップ」があり、長く働くほど知識も技術も高まる仕組みを無料で提供し、誰もが才能を開花できる環境を整えています。

◾️弱さを強さに変える「モンゴル式経営」と高齢セラピストの可能性

ーーリラクの組織運営には、「モンゴル式経営」という大変ユニークな手法があると伺いました。

江口: かつて世界最大の帝国を築いたモンゴル帝国では、最も未熟な者を隊長に据え、実力のある強者がそれを支える仕組みがあったと言われています。強い者がトップに立って自分基準で物事を進めると部下は息苦しくなりますが、未熟な若手がリーダーになると、周囲のベテランたちが自発的にフォローし、若手も多様な経験を通じて大きく成長します。これを応用し、入社半年の若手を管理職に抜擢する仕組みを取り入れています。

ーーベテラン社員から不満が出たりはしないのですか?

江口: そこは「役職」と、給料のベースとなる「等級(実力評価)」を完全に切り離すことで解決しています。そのため、ベテラン社員は待遇を守られた状態で、「過去の自分の失敗経験を活かし、タイムマシンのように若きリーダーを支える役割」を前向きに全うできるのです。また、タテのつながりを重視する男性、ヨコの協調性を大事にする女性の強みを融合させ、管理職の4割強を女性が占めるしなやかな組織を作っています。

ーーこれから少子高齢化が進むなかで、この組織のあり方はどう変化していくのでしょうか。

江口: 働き手の高齢化が進むなかで、私たちは「シニア世代のセラピスト」に非常に大きな可能性を感じています。実際、ある店舗では70代の女性セラピストの方々が「ばぁばぁズ」と名乗って活躍されているのですが、若い女性客からの指名が絶えません。おばあちゃんだから施術の力は弱いかもしれない。けれど、伊達に70年社会を生きていない豊かな人生経験があるから、身体を癒やしながら行う人生相談やメンタルケアが強力な価値になっているんです。これからの高齢化社会において、非常にマッチした新しい働き方だと確信しています。

◾️ヘルステックの先駆者へ:これからの成長戦略

ーーリラクゼーションの枠を超え、現在は最先端の「ヘルステック企業」へと大きな進化を遂げられていますね。さらに、日本ではなくアメリカのナスダック市場へ上場された背景にはどのようなドラマがあったのでしょうか。

江口: 契機となったのは2020年のコロナ禍でした。緊急事態宣言によってショッピングモールが閉鎖され、売上が一瞬でゼロになるという超危機的状況に陥ったのです。毎月数億円の運転資金が必要ななか、銀行からの融資も断られ、残された道は「身売り」か「上場」かという2択でした。既存の国内市場の規制に縛られず、最速で資金を調達して雇用を守り抜くため、私たちはわずか8ヶ月という驚異的なスピードで、世界最大の市場であるナスダックへの上場を成し遂げました。

これによって生き延びた私たちは、国内約300店舗の現場アセットを武器に、現在大きな成長戦略を進めています。

1つ目は、充電不要のスマートトラッカー「MOTHER Bracelet」を中心とした海外展開です。すでに国内の自衛隊や介護施設に導入実績がありますが、これを世界の軍隊やナーシングホームへと広げていきます。

2つ目は日本の先端医療における「医療ラグ(ドラッグラグ)」への挑戦です。アメリカなどでは切開せずにレーザーでがん細胞を焼き切る重粒子線・陽子線治療などが進み、がん死亡率が下がっていますが、日本の既存の医療体制ではこれらが標準治療として認められるまでに膨大な時間がかかります。日本の金融庁の規制下では、こうした先端医療に対応する新しい保険をスピーディーに作ることが難しいため、私たちはアメリカのナスダック市場に上場を果たしました。米国で保険会社の買収を進め、日本人が世界水準の先端医療を迅速に受けられる革新的な保険商品を設計しています。

ーー最後に、自社サイトを訪れてくれた読者や、これから一緒に働く仲間に向けてメッセージをお願いします。

江口: 私たちはこれまで、リラクゼーションという文化や産業をゼロから創り上げてきました。その現場で培った「人と向き合う知見」と、世界最高峰のテクノロジーを融合させ、今まさにウェルネスの全く新しい未来を拓こうとしています。私たちが目指すのは、"誰もが健やかに、自分らしく生きられる思いやりにあふれた社会"です。パイオニアとしての誇りを胸に、これからも常識を打ち破る挑戦を続けていきます。このワクワクする未来を、ぜひ私たちと一緒に創っていきましょう。


今回のインタビューを通じて、私たちが提供するリラクゼーションの価値、そしてこれから挑むヘルステック分野への繋がりを改めて強く実感しました。江口代表が語る「人の幸せに価値を置く組織づくり」を土台に、私たち社員一同、これからも常識に囚われない挑戦を続けてまいります。